青天の霹靂

2022.05.20

やっとコロナ禍が一旦収まりかけた最中に、ウクライナ問題が発生して、連日の眉をひそめる報道が続いています。そして、更に悲しい海難事故が起こりました。知床観光船が沈没した事故です。あのまさに人災以外の何物でもない悲惨な結果をもたらした事故です。前職で海運事業に従事していたせいか、気象、海象には一般の人より専門的な知識を身に付けています。最初にニュースが飛び込んできたときに、乗員乗客26名が冷たい海上に放り出されたと聞いた瞬間、その生命の危険を感じ得ずにはいられませんでした。2℃から5℃の海水温で人が、どれぐらいその生命を維持できるのかという知識を知っていたからです。海中で、たとえ救命胴衣をしていたとしてもおよそ5分から10分で人間の体温は著しく奪われ、すぐに気を失い、そして、凍死、溺死に至るのです。北の海に限らず、海水温が高い場合でも長時間浸っていると徐々に体温を奪われ、やがて同じように低体温症を発症して命を失う場合があるのです。この事故には、ヒューマンエラーとは言い難い、あまりにも粗雑な多くの過失や故意が含まれています。すでに多くの報道で周知のこととなっていますので改めて語る必要はないのですが、一番の過失は、海象を分からずに出航を決めたことではないでしょうか。周囲には、海が荒れた時の命の危険を一番よく知っている漁師たちが、出漁をあきらめていたことが、何よりの根拠であるはずだったのです。ウトロ港が静かだったとしても気象の急変は、十分に予測出来たであろうし、その情報も十二分に得ていたはずなのです。それ以前に、本来の遊覧船の運航は、ゴールデンウィークからという申し合わせもあったというではありませんか。この幾重にもわたる過失、故意が最悪の事態を招いてしまったのです。もう一度フラッシュバックすると、周囲の忠告を聞かずに出航、海が荒れる予測を無視して航行、海象の急変で船体に異常、無線は陸上アンテナの損傷により不通、衛星電話を不所持、座礁等で船が損傷、浸水した時点でライフジャケットを着用するも船は沈没、同業船舶及び漁船も出航しておらず、救助するまでに多大な時間を要したため、多くの人命を失うことになったのです。もしも、こうならない対策があったとしたら、それは、救命板ではなく、救命筏を装備していれば、惨事は防げたかもしれません。救命板とは、発泡スチロールの板の周辺にロープをつけて海に放りだされた際に、その板の浮力を維持して周囲のロープにつかまって救助を待つ簡易な装備であります。この救命板では、海水温が高く、波が穏やかであればある程度の効力が期待できますが、この度のような低海水温では、ほぼ救命が期待できないのです。ロープにつかまって救助を待つ間に体温は失われて凍死してしまうのです。それに比べて救命筏は、海面に、投下すると同時に円形のゴムボートのように瞬時に膨らみ、浮力を得て、海中を経由することなく乗船でき、しかも室内を密閉できるため、海水の侵入を阻止できるので、長く海上を救助が来るまで浮遊できるのです。しかし、今回のカズワンにはこの救命筏の設置義務はなく、設置していなかったと考えられます。この件に関しては、海上法規の未整備だと考えざるを得ません。そもそも、この船は、元々瀬戸内海の静かな海用として設計されて運行されていたのですから、北の荒々しい海域で運行する船ではなかったのです。もしこの船に救命筏を6セット、いや、せめて4セット積載していれば全員が無事に救助されていたと考えられます。しかし、そもそも救命筏を設置しておくスペースなどない船でありました。すべてが結果論になってしまいますが、何よりも出航の判断を許可していなければ何事もなく楽しい旅を継続できていたと思います。もし、ハイシーズンに同じような事故が生じたとしても、僚船や漁船がすぐに救助できたかもしれません。一刻も早い事故の全容の解明と、未だ不明の人々の発見が待たれます。亡くなられた人々のご冥福をお祈りいたします。