月別: 2024年12月
平凡を産み出すもの
2024.12.20
私たちの日常は、太陽系の地球の公転があって、自転があって、毎日規則正しく動いています。1年365日で、一日が24時間、私たちは、この平凡な時の経過で日々過ごしているのです。この時間は、止まることなく、また、遅れることも無いのであります。もちろん早まることも無く。平凡という概念は、まさに規則正しい時間の経過のことなのであります。この時間の経過を大切にするのも疎かにするのも、その起点は、自分自身になります。さて、皆さんにとって今年1年の中身は、どのようでありましたか。早かったのか遅かったのか、有意義であったのか、悔いが残る時間の経過であったのか、それぞれが、それぞれに振り返る時期となりました。一般論で言うと、良いことが多くあれば有意義という判定になるでしょう。反面、悪いことが続けば大いに悔いが残るのであります。しかしながら、一つの大きな喜びのおかげで、9回裏3点差で負けている状況で逆転サヨナラ満塁ホームランが出るのと同じ歓喜に替わるわけです。当たれば年末ジャンボ宝くじが、
その典型かもしれません。話を戻しますが、太陽系での地球の規則正しい公転、自転がその時間を産み出し、私たち人類は、その経過に、忠実に従って生活しているわけです。もしも地球としてのこの動きが無くなればどうなるのでしょう。公転が無くなっても自転が無くなっても、地球はお終いです。なんだか未来宇宙的空想になっていますが、1年の振り返り時期だからこそ、ついそんな想像もしてみたくなります。もし、太陽が燃え尽きたら、とか、月が地球の公転を逸脱したら、とか、地球の自転の動きが早まったり遅くなったりしたら、というような空想をしてしまうわけです。数字もそうです。そもそも数字とは何か。「数字」は、数値・数量・序列・番号などを表すために記号的に用いられる文字であるそうです。数字、数学というものは、極めて論理的で絶対的な印象の物なのであります。しかし、それは概念に過ぎないということでもあるのです。何やら数字のマジックにはまりそうで頭が混乱しそうですが、数学論的に言えば、答えは一つなのです。そう考えると、人間は、論理的に考える人と、直感的に考える人に二分されるわけです。数学や理科が好きな人は、論理的、国語や歴史が好きな人は直感的と言えるかもしれません。感というのは自分の頭の中で答えを産み出して、その処理をするわけです。人間の五感というものがそれにあたるのです。そして、それに加えて、第六感もあります。霊感もあります。ここまでくるともう、説明しがたく、人間の神秘の領域となるのです。皆さんはどうでしょう。自分自身が、どちらの分類に入るのか判定してみてください。どちらがどうというわけではありません。考える葦としての人間、極めて神秘的なのであります。余談になりますが、先日、車を入れ替えてその登録ナンバーを考えた時に、「8128」という番号にしました。その根拠は、自分が昭和28年生まれでその呼称としてハーイの81を付けたものであります。半分語呂合わせ的に考えたものなのですが、この番号、すごいものでありました。「8128」は、数学上、完全数というのであります。完全数とは・・・・、説明するのも頭が痛くなりますので興味、好奇心のある方は、是非ネットで調べてみてください。要するに、結果的に偶然にも平凡な数字ではない番号になったということです。もしも同じ番号の車に出くわしたら、可能であればその根拠を聞いてみたいものです。「1122」は聞かなくてもいいですよ、そのものですから。そんなこんなで今年も終わろうとしています。還暦の年を終えてまた一回りしてしまいました。ほんまに速い!だから来年は、また当たり年です。巳年です。果たしてどんな年になるのでしょうか。今年1年お疲れさまでした。皆様、良いお年をお迎えください。